palewhite’s diary

心模様は、日々さまざま。

書けない苦しみという幸せ

書評に四苦八苦

書評の原稿をまとめるのに苦労している。

何度も読んだ好きな作家の本。

紹介したいフレーズや想いは溢れるのに、作品の余韻なり印象なりを

定められた文字数でコンパクトに、読者の方にわかりやすいよう、

興味を持ってもらえるようにと書こうとするとなかなか苦しい。

「何を伝えたいのか」編集長の声が聞こえてくるようだ。


今していることは、昨年願っていたこと。

「自分を表現する仕事にたずさわっている」

それが昨年9月の目標だった。

一年後、あの頃思い描いていた世界の片隅くらいには到達している。

趣味ではなく、お金をいただき、自分が選んだ本を記事に書き、紹介する。

クライアントの求めるものを提供するのとは、また違った醍醐味と難しさ。


決めの文章が、形にならない。

もう少しなのだけれど。

書けない、この状態が、幸せだ。

書けないことを味わう、この瞬間が苦しくて楽しい。


昨年、ナレーターであり私のヴォイストレーニングの先生でもある方に、

「自分の人生を自由にデザインして生きるのはどんな気持ちですか?」

と初対面のときに尋ねたことを今でも覚えている。

「苦しいけれど、楽しい。いつも普通の人生を選ばなかったことについては葛藤がある」

こんな風な言葉を返してくださったと思う。

その時は、眩しいような仰ぎ見るような心持で、半分だけ受け止めた。

どうして半分だったかというと、自分はそのような気持ちになれる場所には到達していない、

部外者だと感じていたから。

でも季節が一巡し「苦しいけれど、楽しい。」を実感する機会に恵まれた。


「産みの苦しみ」という言葉がある。

もう忘れたけれど、娘の出産のときは苦しかったと思う。

でも苦しみは、ブックエンドのように、不幸と対にはなっていない。

苦しみの先には、歓びや希望、満足感が待っている。

どちらかといえば明るいことにつながっているのではないかな。


書けない、この状態が、幸せだ。

でも書けない苦しみという幸せを、ここ数日堪能したので、

神様、そろそろ原稿を仕上げる解放感を味わいたいです。