palewhite’s diary

心模様は、日々さまざま。

命綱なしで、人生をジャンプする

自分で蒔いた種を刈り取る季節

来週の祝日は面接が2件入っている。

午前の部は女性創業スクールで同期だった女性の方のご主人
との面接。
私が書く仕事をしていることを前提に、お店の手伝いにきて
ほしいと仰り、そのお話を聞きにいくものだ。

大学院を卒業した娘さんが大手の企業を辞めて、自分の好きな
道に進んだことを「でかした」といえるご主人に、お会いでき
るのが個人的に楽しみだ。
お店の場所が以前私も好きだった、フレンチのレストラン跡地
というのも興味がそそられる。

午後の部は女性起業家の方の忘年会で知り合った中国人女性の
方が勤務する、この地方3県に雑誌を発行されている企業で
編集長をまじえての面接兼打ち合わせだ。
ご挨拶がわりに紙媒体で書いているものを送ったところ、
編集長にも見せてくださっていて、この機会が生まれた。

2015年が終わる前に、いくつもの動きが生まれ自分でも
あとひとつ動きをつくりだそうと目論んでいる。

私は自分のチカラを恃みに、ここまできている。
おかげさまでいろいろな形のサポートを受けて、
でも誰にも寄りかからず、すくっと立てている。

次に行く前にクリアした心の課題 他人の期待にこたえない、断る力を行使するということ

2015年は私を試すかのような出逢いが複数あった。
今の私より権力もパワーも持つ年上の男女が、時期は
異なるけれど自分と一緒にビジネスをしようと何度も
誘ってこられたのだ。
どれも断ったが、これは今までのように人生を生きるか、
それとも自分主体で人生を生きるかという姿勢を問われる
お試しだったと確信している。

手を差し伸べてくれた相手が自分に期待し頼ってくると、
ついその手を取りたくなってしまう癖が私にはある。
相手に母親との反応パターンを重ねてしまっていると自覚が
あるのに、手放しがたかったこの癖。
心というものは厄介だ。

相手への依頼心もあるけれど、依頼心だけではない。
相手の心の内側を覗いて柔らかい部分に触れてしまうと、
そこから身体を引きはがすのにためらいが生じるのだ。
どんなに傍から恵まれている人にも闇の部分はあるし、
滅多に他人にはみせない脆い部分をさらけ出されると、
それを目撃した責任を感じてしまう。
ただしその闇の部分は彼、彼女が自分の荷物として
背負うべきものであり、他者は責任を感じる必要は
ないとわかっている。
それでも日頃経営者として孤独にあらねばならない
心情が、聞こえない弦の音色のように心に伝わると、
なかなか上手く境界線をひけない私がいた。

自分を後回しにしても彼、彼女の想いを共有したい気持ち。

子どものころからの生き方の癖は、雑草のようにしぶとく
心の庭にまだ生えている。
でも誰かを救うのは他者ではなく、その誰か自身だという
ことにもう気がついている。
そうして彼、彼女らはタフなので、こちらが断っても
軽く肩をすくめて次のビジネスへといけるパワーを本当は
持っていることも承知している。

他人の期待にこたえて自分をないがしろにすることは、
自分の人生への最大の裏切りだ。
庇護してあげようという申し出にのることは、今の私には
精神の自由が消されることだ。
もしビジネスを一緒にするのならば、自分がしたいと感じる
ビジネスを対等な人間同士で行いたい。

ずっと母や元夫の希望を優先することを選んで生きてきた。
そのかわり長い間庇護される立場でもいたと思う。
私なりに彼らを守ってもきたけれど、互いの気持ちは依存の
度合いが大きすぎた。
根詰まりした鉢植えのように絡み合い心がどんどん苦しく
なっていったと思う。
だから私は離婚した。すべて清算した。

心が軽くなったら、さあ旅をつづけよう

つまづきながらも自分が進みたい方向へと進んできて、
ようやく光が見えだしている。
娘に考慮することを除くと、純粋に制限をもうけず自由な
気持ちで物事を決めて実行して生きるのは、たぶん大学時代
以来初めてのことだ。
「遅れてきた第二新卒」自分をこう呼んでいる。

心細さや、おっとりと生きる友人の存在に寂しさを感じる
こともあり、そのたびに心には波がたつ。
でも波がおさまらないのではないかという恐れは持って
いないし、私は以前より自分を信頼できるようになっている。

ぐらついても、バランスを保ち倒れない自分になった。
頼れる何か(会社、親や配偶者、安心できる額の資産)は
永遠ではないし、保険のようなもの。
あると安心だが、なくても大丈夫なヒトに一旦なれれば、
それらはあってもなくてもヒトは明るい方を向いて生きて
いけるようになる。
もちろん、何かを再度求めることも得ることも可能、だから
固くならずもっと力を抜いて。

とらわれず、執着せずに暮らしていると、ヒトにはそのヒトが
望む、頼れる何かはいつのまにか集まっている気がする。
私は、親や夫が良しとしていたモノではない、自分仕様のモノ
で身辺が満たされていく予感を感じている。

命綱はいらない。
ジャンプして、もし落下しても谷底とは限らない。
致命傷はそう簡単には負わないのが人生という物語の特徴だ。

そうして心は、ふんわりと宙に浮き草原にそっと着地をする
タイミングをずっと前から予行練習している。