palewhite’s diary

心模様は、日々さまざま。

第1回短編小説の集いに投稿☆ テーマB 「写真」

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第一回短編小説の集いへの参加

面白そうな企画なので、私も参加させていただきます。初心者枠でお願いいたします。
こちらはhttp://novelcluster.hatenablog.jp/entry/2014/10/20/000000主催者の方が
作ってくださったページ。では、まいります。


「写真」   作 palewhite

薔薇をもっと綺麗に撮りたいと欲張りすぎたのかもしれない。花壇ぎりぎりにパンプスの先を食い込ませ、
腰から身体を捻る形でスマホを構えていたら、薔薇の花壇の中へ落ちそうになってしまった。
薔薇を乱すことはできない。咄嗟に判断し、普段の自分では信じられないしなやかさで身体の後ろに重心
をかけ、アスファルトの通路側へと身体を戻す。
何とかバランスを取ることに成功したけれど、勢いよく動かした腕の遠心力か、スマホが手から離れる。

ああもう駄目。お気に入りだったのに。保護ケースくらいじゃ地面に叩きつけられたらおしまい。

覚悟して、衝撃音に備え柔らかかった身体はみるみる硬度を増していく。「ガシャン、バキッ」と音が出る
のをこわごわと待っていたら、穏やかな静寂が続き、淡いピンクのケースに包まれた無傷のスマホを持つ
日に焼けた手が目の端に見えてきた。

スマホは・・無事。どっと緊張が身体から抜けまたもやよろけそうになるが、爪先に力を込めて真っ直ぐ
に立つ。その間辛抱強く一言も発せずに私を待ち続けてくれた大きな手を持つ人は、顔を上げ感謝の言葉を
こちらが発する前ににっこりと微笑んでくれた。

「はい、これ。」
「ありがとうございます。絶対に落としたと思ったのに、よく拾ってくださいました。本当に嬉しいです。」
「どういたしまして。たまたま写真撮る構図を探していたら、何かコントみたいな動き見えたから。偶然。」
「・・・コントみたいでしたか。私も薔薇に近寄りすぎだなとはわかっていたんですが、まだズーム機能や
 ピントを合わせるのが上手くなくて。原始的だけれど、自分が薔薇に近付いちゃえって思ったんです。」
「へえー、変わってるねえ!写真得意じゃないのにやっとるんや。」
「はい、でも写真にその瞬間を切り取るのは好きだから・・技術はそのうちに磨いていきます。好きこそ物の
 上手なれとかいうでしょ。」
「ははー、そりゃそうだ。良い写真撮れるといいねー。」
「ありがとうございます、あなたも。」

何事もなかったかのように手元に収まるスマホを大切に握り、頭を下げてスマホの恩人を見送る。
年の頃は50代?日に焼けた肌と真っ白な髪をそのまま短く整え、今日は10月にしては夏のように暑いから
白いTシャツに色あせたブルージーンズを身に着けている。背が高く姿勢が良い。はきはきした物言いは、
何事も心に秘めるこの地方で生まれ育ち最近東京から戻った私には、久しぶりに接する心地の良いものだった。
・・地元の人ではないのかもしれない。お洒落さと三脚がミスマッチだけれど。
ループタイの初老の男性とは時々この薔薇園で会うけれど、こんな男性は会ったことがない。
まあそもそもこんな日の高い時間帯に、勤勉な働き盛りの田舎の住人が薔薇園にいること自体が不自然なのだ
けれど。

今日はベンチの周りをはしゃいで走る子供連れのグループもおらず、ループタイの男性も出勤しておらず、
薔薇園には目下白髪の謎の男性と私だけがいる。強い日差しのもとで、心なしか鮮やかに見える薔薇の強さに
あてられたのか喉が渇いてきた。
こんなに暑くなるとは思わなかったから飲み物はないし、どうしよう、もうだいぶん撮れたから帰ろう。
そう思い石段へ向かうと帰り支度をしていると前方に先ほどの男性がいた。歩く歩幅を緩め互いに合流する
形となり何となく微笑を交わし合う。
「良い写真取れました?」
男性はイーの発音をするときのように唇を大きく横に動かし、満足そうに頷く。
「私も結構いい感じのが撮れました。しかし今日は暑いですね。」
「本当。早く家に帰って何か飲むわ。」
「私も。でも家まで待てないからコンビニでアイスティーでも買います。このあたりお店がなくて。」
石段を過ぎ芝生を横切りながら話すと男性はこう言った。
「家の店くる?今俺の奥さん店番しとるし。」
「えっ、このご近所ですか?」
「そう、夜バーしてて昼間は閉めてるけど今日は友達が来るから臨時開店。じゃすぐだから歩こう。」
この通りにあるバーといえば、私がこの街に帰ってから気になっているこげ茶色の扉のあの店?そんな偶然
あるかな。
30分前には見知らぬ他人だった男性と日盛りの道路を歩きながら考えていると、答えはすぐに出た。ビンゴ。

「ただいまー。女の子お連れしたよ。」
薄暗いバーには昭和の匂いのする美女がいた。微かによった皺と、微妙に目のまつ毛からずれたアイラインが
年齢を隠せないが、そのたたずまいは加賀まりこのようだ。
「いらっしゃい。」
真っ直ぐに見知らぬ私に視線を向けて微笑んでくれるその美女からは、年齢を経ても擦り切れない人間としての
清潔さを感じた。この年齢で無条件に人を信じていることを現せるのは強くて正直で素敵な人である証。
東京で20年以上営業職として働いてきた私は、自分の眼力には自信を持っている。
私の好意的な視線に感応してくれたのか、奥さんは私にお水をテーブルに置きながら話しかけられる。
「可愛い御嬢さんやねー。今日会社休み?」
いくらでも嘘はつけたけれど、このご夫婦の前では取り繕いたくない。
「いえ、今無職なんです。会社の早期退職に応募したから。」
向かいに座る男性、(新井さんとお名前が判明)は素直にびっくりした顔をする。
「えー、何歳?」
「こらマコト、女性に歳はきかない。」
奥さんの麻子さんが笑ってたしなめてくれる。
「そうですよ、ルール違反でしょ、でもヒントはあげます、アラフォーです。」
「マコト、美咲より少し年上の方やねえ。」
「そうや、5歳くらい上かな。ま、歳や名前なんて符丁みたいもんやしどうでもいいけど。」
「そうですよ、でも私も知りたくなったな、新井さんはおいくつなんですか?」
「俺?俺は55歳。麻子さんは俺より・・・」
麻子さんが大きく胸の前で腕をバツ印にクロスさせ、この話題は終了となった。

初めて出逢った二人に私は身の上話をしてしまった。
ただ聞き手が新井さんと麻子さんだから湿っぽくはならない。
母は亡くなり、80歳の父が癌なこと、最後を看取るためともう都会ですることはやったと感じたからこの
街に帰ったこと、しばらくは何もせず父の世話とエクササイズと写真を撮ることぐらいしか予定を入れる
つもりがないこと。
お手製のジンジャークッキーを何枚も子どものようにお代わりしていただきながら、「ふうん」「そお」と
煙草をすいながらそっけなく相槌を打つ麻子さんのテンポの良さに快さを感じながら私たちの初めてのお茶会は
終了した。
「たまに昼間麻子の友達くるときは店開けとるから、礼子ちゃんもおいで。それから健康のために、
明日の晩は必ず店来てビールでもカクテルでも何でも飲んでくこと。不健康不足やわ、なあ麻子。」
「そうや、礼子ちゃんお父さん寝かしつけたら歩いてこられるしおいでね。禁煙スペースもあるから。」
私が煙草が苦手なこと、ばれていた。
「ありがとうございます。マコトさん、麻子さん、明日の晩もこちらに伺いますね。あっ父の畑の野菜も持ってきます。」
麻子さんは日差しに弱いからと薄暗い店内から手を振り、私は扉を開けマコトさんと道路に出た。
「マコトさんて、薔薇お好きなのちょっと意外ですね。」
「そうやろ・・・、あれ麻子さんのためにしとるん。あいつ余命宣告うけとるし。」
眩しさを避けるため右手を敬礼するように額にあて、マコトさんは車の流れの途切れるのを見ている。
「・・・えっ。麻子さんもご病気なんですか。」
「うん、礼子ちゃんのお父さんと同じ。たぶん今度こそは駄目かもしれんね。」
マコトさんは普通に応えてくれた。
「ほい、今が渡るチャンス!」
どうぞという風にすっと腕を斜めに伸ばして誘導してくれる。これ以上何も聞くまいと唇を閉じ、
眼で会釈して手を振り、急いで道路を渡り薔薇園駐車場を目指した。

翌日は夜に二人を訪ね、私は久しぶりに夜の空気を吸った。父の介護ではなく、私のためのただの外出は
やっぱり楽しい。夜風すら優しく感じいつまでもぶらぶらと夜道を歩きたくなる。麻子さんの病のこと、
娘の美咲さんがNYで美容師をしていること、私が地元の友達と会っても人生が違いすぎて話が合わなくなって
寂しいことなど、お客さんとの会話の合間に二人と話してきた。
「今、合わないと感じるならそれでいいし。また繋がるまでは礼子ちゃんは独りで遊んどったらいい。そのうち
楽しくなってきたら、男も女も寄ってくるから。それまでは俺らのとこでも来たらいい。」
「そうやー。礼子ちゃん、大丈夫、女同士はこれからよ。今は独りでいられる隙間時間やからそれを大切に
して。隙間家具じゃないからね。突っ張り棒でもないけど、そのままでいいから。」
麻子さんの呂律が怪しくなり、マコトさんがまた目を盗んでワイン飲んだなと叱っている。
きゃっきゃっと目の前で戯れる60代、50代の男女。

いいなあ。こうこなくちゃ。私真面目になりすぎてた。不良でいることを忘れちゃってた。
営業成績は努力で上がり役職がついても、あの人は結局子どもが大学に上がっても奥様と別れなかった。
私と同時期に彼は定年退職となり、私たちは偶然第二の人生を歩む時期も重なったけれど、子会社出向が
決まってからの彼は「安定」「安全」という言葉を会話に挟むようになり、自分が有責配偶者であることに
初めて気が付きぎょっとしたらしい。
私たちのことを奥様に問い詰められ、私のことを奥様にただの浮気相手と言い放った。
そのことを私は奥様からの丁重な勝ち誇った会話の中で知らされた。
お店からの帰り道、楽しかったのに、苦い思い出が喉にせりあがってきた。

上司と部下として出逢った15年前、こんなことになるとは思っていなかった。
仕事ができて話が上手く愛妻家で通っていた彼と付き合うことになった時も、これは気の迷いと自分に
言い訳していた。けれど愛妻家の人が他の女性を愛していると真剣にささやくことがそもそも滑稽。
一生懸命勉強して大学に入り、仕事人間となり婚期を逃したなれの果てが私。

たまにアルコールを飲むと醒める時が最悪だ。
そう思いながら眠れないでいると、商社マンと結婚しボストンに駐在している美奈子からメールが入った。
この街に美奈子も帰ってくる。
在学中からお見合いをして一番最初に結婚した美奈子。子ども達はもう大学に入学した。
新しい人生を生きることにしたとメールには書いてある。
ラインをしていないのでこんな時は不便。彼女が今どういう心境かわからないから。
でもいつも嬉しそうに旦那様のことを話していた彼女がそんな決断をしたのだからできることは何でもしたい。
何なら私の話を自虐的にしてもいい。元気がない人間は1人でじゅうぶんだから。
結局明け方まで寝付けず、美奈子とは週末に会う約束を取り付け部屋の片づけを始めた。
そろそろ父が起きる時間。

結局麻子さんとマコトさんのお店で会うことになった。扉を開けて入ってきた美奈子は変わっていない。
優しい色合いの洋服におっとりした笑顔。ほっとして酒豪の美奈子にあわせまずはビールで乾杯する。
美奈子の近況を聞くつもりが、私の状況を話すはめになった。
「礼子は間違ってないよ。彼も奥さんもなじらずに黙って引き下がったんでしょ。好きだったんでしょ。
 私が結婚して主婦になっても変わらず付き合ってくれたよね。真夜中まで残業してたのに、私が大樹を
 連れて東京に行ったとき、嫌な顔もせずに子供服のお店に付き合ってくれたでしょ。今までお仕事
 お疲れ様。彼のことは辛いだろうけど、一人の人を愛せたことは誇りに思って、ね。」
どうして、いつの間にこんな包容力を身につけたんだろう。やっぱり母は強しかなあ。
「ありがと・・・励ましてくれて。美奈子の方こそ大変なのに。」
「大変?そうねえ、新しい人生が開けてるんだよ、私たち。まだこれからひと花咲かそうよ。
 バブル世代はしぶといんだから。」
にっこりする笑顔が涙でにじんで良く見えない。いつの間にか麻子さんが横に立っていた。
「そうよ、礼子ちゃんはまだ若い。子どもが産めないって、そんなのどうでもいい。あのね、
いつも来るTさんね、 礼子ちゃんと今度二人で会いたいんだって。身元は保証するから、
一回会ってみて。生きてるうちは、女は皆 薔薇よりきれいな花なんだから。」
マコトさんが何故か三脚を構えて傍にいる。
「礼子ちゃん、お友達、麻子。明後日から麻子入院やし女子だけで記念写真撮るよー。」
「女子会やわいね。」うきうきして髪の乱れを直す麻子さん、可愛い。
「あっじゃあお願いします♪」
美奈子は身体を斜めにして美しく見えるポーズをもう作っている。
泣くのはおしまい。私だってスマホで自分撮りを経験済みだからどうすればいいかわかっている。
「ちょっとまって、マコトさん。メイク直すからあと30秒。」
「なん、もとから可愛いし、そんままでいい、いい。」
「そうや礼子ちゃん、素のままでいいげんよ。何にも卑下なんかしなくていい。そのまま生きてかれ。
 あっでも、少しつけまつげかアイライン入れるかしたらもっと可愛くなるよ。あとはね気合かな。」
加賀まりこのような60歳は、明後日の入院を控えてもこんなにお茶目に私に寄り添ってくれる。
父のこと、彼とのこと、今後の仕事、トンネルにすっぽりとはまり先が見えないが、私たちは今生きている。
もう、それでじゅうぶんだ。
「いちたす、いちはあー?」
小学生じゃないんだからと、マコトさんに心で突っ込みながら、女子三人は腕を組みあいレンズに向かいしなを作る。
「にー。」私たちは今、絶対に輝いている。

                                       END